呼吸ガスによる疾患
呼吸ガスによる疾患
- 呼吸は、気道などを通過するため抵抗が生じます。
- 抵抗は気体の密度に比例して大きくなります。
- 高圧下ではガスが圧縮され、密度が高くなり、抵抗は増加します。さらに潜水器による抵抗もこれに加わわります。
- 実際の潜水ではこれらの事から呼吸運動によって移動できる「呼吸ガスの量」は深度が増すにつれて減少します(換気できるガス量が少なくなる。)。・また、作業量が大きくなれば、必要な換気量も顕著に増加しますので、供給可能な呼吸量と必要な呼吸量に注意していなければなりません。
酸素中毒
- 通常よりも酸素分圧が高い(大きい)呼吸ガスを呼吸すると、酸素中毒といわれる毒性作用が現れます。酸素中毒は次の2つのタイプがあり、酸素分圧と時間に依存し、症状が現れる主なところは、脳(中枢神経)と肺です。
- 高圧則の一部改正により、潜水に酸素の使用が認められるようになり、水深40m以上の潜水では、混合ガス潜水が必須となった(空気潜水は水深40mまでと規定されています。)ことから、酸素中毒について、作業管理及び健康管理が必要となりました。
急性酸素中毒としての中枢神経酸素中毒(脳酸素中毒)
症状
- 視野異常、耳鳴り、吐き気、筋肉の引きつれ(顔面)、気分の変調、めまいなどから、全身のけいれん発作などに至ります。
- 水中でけいれん発作がをおきれば致命的になりますので、中枢神経酸素中毒の予防が重要です。
中毒が出やすい状態
- 通常の大気圧下では発症しませんが、2ATA(絶対気圧、約200kPa)以上の酸素吸入で時間の経過とともに現れますので、酸素を使用する潜水や減圧、酸素再圧治療時に注意が必要です。
潜水における酸素中毒
- 中枢神経酸素中毒には、さまざまな要因がありますが、運動、水中、低水温に影響があり、水中であれば酸素分圧が1.3ATA(約130kPa)を超えたときに症状が現れる可能性があります。
- 世界的には、1.4ATA(約140kPa)から、1.6ATA(約160kPa)前後に設定しているものが多く、スクーバ式では、けいれんによって、マウスピースがはずれ、動脈ガス塞栓症や溺水のおそれから、低めの1.4ATAとされ、ヘルメット・全面マスク式は、1.6ATAを上限の酸素分圧として設定されています。
- 高圧則の一部改正(第15条)により、日本では、潜水作業中の酸素分圧の上限は、160kPa(1.6ATA)であり、潜水者が溺水しないような措置が講じられている場合に220kPa(2.2ATA)までと規定されています。
- 潜水様式によりこれらを勘案して、潜水計画を立てる必要があります。
予防と対処
- 中枢神経系酸素中毒の耐性には、個人差に加えて、同一人においてもバラツキが極めて大きいので、発症の予測は困難です。
- そのため、分圧の高い酸素を呼吸している途中で、短時間だけ空気呼吸に変える「間欠的酸素呼吸(エアブレイク)を行うことで、発症時間までの時間が延長します。
- 高分圧の酸素を使用する水上減圧や減圧治療では、5分から15分のエアブレイクが設けられています。
- 酸素中毒が現れた場合には、酸素分圧を下げて、あるいは酸素分圧が低い呼吸ガスに切り替えるなどの対処が必要となります。
慢性酸素中毒としての肺酸素中毒
症状
- 1ATA(約100kPa)の酸素を12時間以上呼吸すると肺酸素中毒の症状が現れます。
- 呼吸の不快感、前胸部の違和感、胸痛、咳、痰、呼吸困難、肺水腫などですが、致命的になることはありませんし、初期の肺酸素中毒では、高分圧の酸素の呼吸が終われば正常に戻ります。
肺に対する酸素の毒性の評価
- 肺酸素毒性の単位として、UPTDという単位が用いられます(高圧則第16条及び平成26年厚生労働省告示第457号第2条参照。)。
t(PO2 -50)0.83
UPTD= ーーーーーーーーーーーー
50
この式において、UPTD、t及びPO2は、それぞれ次の値を表すものとします。
ただし、酸素分圧が50kPaを超えるばく露時に限られます。
1UPTD:酸素分圧1気圧下に1分間ばく露されたときの肺酸素毒性
t:酸素ばく露時間(単位 分)
PO2:酸素分圧(単位 キロパスカル)
- 高圧則では、1日のばく露量を600UPTD以下、1週間あたり(6日間)で2,500UPTDと規定されていますので、連日作業をする場合は、400UPTDが望ましいとされます。
- なお、50kPa以下でも2週間以上の長期にわたるばく露で発症することもあります。
予防と対策
- 酸素分圧が1ATA(約100kPa)を超えて長時間潜水をする場合に該当するので、混合ガス潜水やリブリーザなどを使用する潜水時に注意が必要です。
- 致命傷になることはありませんが、初期症状の咳により、動脈ガス塞栓症を引き起こすこともあるために注意しなければなりません。
- 対処方法としては、中枢神経系酸素中毒と同じく、分圧の高い酸素を呼吸している途中で、短時間だけ空気呼吸に変える「間欠的酸素呼吸(エアブレイク)を行うことや酸素中毒が現れた場合には、酸素分圧を下げて、あるいは酸素分圧が低い呼吸ガスに切り替えるなどの対処が必要です。
その他の慢性酸素中毒
- 高分圧の酸素による長期にわたる連日の潜水で、視覚器に対する影響として一過性の近視になることがあります。
- そのほかにも臓器、倦怠感、頭痛、かぜに似た症状、手足の指先の感覚異常など影響がでる可能性があります。
低酸素症
- 呼吸ガスの中の酸素が欠乏して組織が低酸素状態になり、健全な生命活動が維持できなくなった状態を「低酸素症」といいます。
- 体内に炭酸ガス(二酸化炭素)が蓄積すると呼吸をしようとする刺激が発生して大きく早い呼吸となります。
- 意識的に過剰な換気を行うと炭酸ガスの蓄積がさがり、炭酸ガスがたまるまで呼吸を止めておくことができます。
- ですから、あらかじめ過剰な換気を行っておくことで、長い時間潜水しておくことができるようになります。
素潜りでの低酸素症
- 上記の理由から、素潜りの前に過剰な換気を行うことが多いですが、過剰な換気を行っても、体内の酸素の消費は行われ、酸素分圧が低下したり、低下しなくても酸素分圧の変化により、水面近くで低酸素症による意識消失が起こることがありますので、素潜り前の過剰な換気は絶対にしないようにします。
素潜り以外の低酸素症
- 空気潜水のスクーバ潜水では、空気の酸素分圧が、21kPaですので、低酸素症は通常は発生しません。
- ですが、長期間放置しておいたボンベ内の表面の酸化に酸素が使用され、酸素濃度が下がり、そのボンベを使用した場合などに発生することがあります。
- 混合ガスを使用する大深度潜水では、酸素中毒を防ぐために酸素濃度を低くした混合ガスを用いるが、このようなガスを誤って浅い深度で呼吸した場合に、酸素分圧が低いため、低酸素症になることがあります。
- また、ガススイッチ(混合ガスと空気との呼吸ガス交換)を行う潜水でも、高分圧の酸素から急に低分圧の酸素に切り替わることから発生することがあります。
- リブリーザーを用いた潜水では、炭酸ガス濃度を調整する機器の状態により、炭酸ガスが増加しないため、酸素分圧がさがり、発症することがありますので、単独では絶対に潜水しないバディ潜水を行う必要があります。
症状
- 意識障害が突然現れ、溺水に至ることがあります。
一酸化炭素中毒
- 一酸化炭素は、酸素を運ぶ血中のヘモグロビンとの結合が酸素の200倍とくっつきやすいため、充分な酸素を組織に供給することができなくなるため発症します。
- この異常は極めて低濃度の一酸化炭素で発生し、0.5%以下の濃度で死亡に至ります。
- 潜水における一酸化炭素中毒のほとんどが、呼吸ガスにコンプレッサーなどのエンジンの排気ガスが混入することによって生じます。
予防
- エンジンの排気口とコンプレッサーの吸気口は充分距離を置いたり、風向きに気をつけます。
処置
- 高圧下での酸素呼吸療法が効果があります。
炭酸ガス(二酸化炭素)中毒
- 体内の炭酸ガスが過剰になって正常な生体機能を維持できなくなった状態をいいいます。
症状
- 頭痛、めまい、体のほてり、呼吸困難、意識障害などです。
原因
- 原因としては、次の二つが考えられます。
- 一つ目は、炭酸ガスの排出が十分でない場合で、スクーバ式潜水で呼吸ガスの消費量を少なくする目的で、呼吸回数を故意に減らした場合や潜水中の作業量の増加による炭酸ガスの排出が十分でない場合などに発生します。
- 二つ目は、炭酸ガス濃度の多い呼吸ガスを呼吸した場合(ヘルメット式で充分な送気が行われなかった場合など)で、通常の空気中の炭酸ガス濃度は0.04%ですが、呼気ガス中の濃度は4%前後なので、呼吸ガスを再呼吸するヘルメット式・全面マスク式などで炭酸ガスの蓄積を招き発症します。
- また、リブリーザーを使用した潜水で炭酸ガス吸収装置の異常などによっても発症します。
- 炭酸ガス中毒を来たすと、酸素中毒や窒素酔い、減圧症にかかりやすくなります。
窒素酔い
- 空気や窒素混合ガス潜水では、深度40m前後から窒素の麻酔作用の一環として窒素酔いが出現します。
- 窒素酔いは、潜水直後に発症し、深度が浅くなれば症状は軽減します。
- アルコール飲用時と同じように、自信が増加し、注意力が低下するので、スクーバ式では、ガスの残圧などに気がつかず、エア切れを起こし致命的となったりします。
- 個人差が大きいので、浅い深度でも発症する場合があります。
予防法
- 一部改正高圧則(第15条)では、窒素酔いによる危険性を避けるため、窒素分圧の限界を400kPa(深度約40m)以下とするよう規定しています。
- このため、水深40m以上の深い潜水では、窒素分圧が低い混合ガスを使用したり、窒素の代わりにヘリウムなどの麻酔作用がない混合ガスを使用する混合ガス潜水を行うこととなります。
- なお、深い潜水を繰り返すことによって、窒素酔いにかかりにくくなるとされているところもありますが、客観的に実証されたわけではないので、ベテランダイバーでも注意が必要です。
- また、前日の飲酒や疲労、大きな作業量、不安等も窒素酔いの作用を強くするといわれているので注意が必要です。
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